カルチャー偏愛記

1980年代カルチャーの歴史【現代のエンタメカルチャーの源流】

現在のカルチャーの源流になっていることが多い、80年代のテレビ、映画、プロレス、音楽、本、アニメなどなど1980年代カルチャーの歴史をまとめてみました。

目次
  1. 1980年
  2. 1981年
  3. 1982年
  4. 1983年
  5. 1984年

1980年

<重大事件>
1億円拾得事件 / 新宿バス放火事件 / KDD事件
<流行語>
赤信号、みんなで渡ればこわくない / カラスの勝手でしょう / ぶりっ子
<ヒット曲>
ランナウェイ/ ダンシング・オールナイト / みちのくひとり旅 / スニーカーぶるーす

任天堂がゲーム&ウォッチを発売

任天堂がゲーム&ウォッチを発売。第1作は「ボール」

松田聖子デビュー、「聖子ちゃんカット」が若い女性の間で流行

「電子戦隊デンジマン」スタート

ロボット犬アイシーは地球に移住したデンジ星人の末裔である5人の若者を選び出し、電子戦隊デンジマンを結成しデンジマンは地球を守るためにベーダー一族との戦いに挑む、戦隊ヒーロードラマ「電子戦隊デンジマン」がスタート

「3年B組金八先生 第2シリーズ」スタート

「THE MANZAI」スタートし漫才ブームに

客席に若者しか入れない、舞台セットを豪華でポップなものにする、ネタの冗長な部分に編集を入れるなど従来の演芸番組のスタイルを捨てて画期的な演出を凝らした結果、若者にも受け入れられるテレビ向けの漫才の確立に成功。この番組をきっかけに漫才ブームが到来し、B&B、ツービート、紳竜、のりお・よしお、オール巨人・阪神、宮川大助・花子など数々のスターが誕生

レイジーが異例の”ヘヴィメタル宣言”

当時アイドルグループとして活動していたレイジーが「ヘヴィメタル宣言」をし、アルバム「宇宙船地球号」をリリース

「お笑いスター誕生!!」スタート

百恵から聖子へバトンタッチ

1980年9月25日の「ザ・ベストテン」で松田聖子「青い珊瑚礁」で1位を獲得し、引退前最後のスタジオ出演となった山口百恵から花束を渡された。

山口百恵引退

具志堅用高が王座防衛13回連続の世界新記録を達成

ジョンレノン突然の死去

王貞治引退

30本のホームランを打つも「王貞治のバッティングができなくなった」ということで現役を引退

ブルータス創刊

都市で生活し、時にはアウトドア・ライフをも楽しむ大人の男の雑誌を志向、今日の男性向けクオリティ・マガジンの元祖的な存在ブルータスが創刊

田中康夫「なんとなく、クリスタル」発売

当時大学4年生だった田中康夫のデビュー作は100万部を超える大ヒット作に。その後のバブル景気におけるブランドブームを先取りした小説として評された。「ブランド小説」と呼ばれ、本作にちなんで女子大生は一時期「クリスタル族」とも呼ばれた。

1981年

<重大事件>
神戸ポートピア81 / ローマ法王初来日 / 三和銀行オンライン詐取事件 / 深川通り魔事件
<流行語>
クリスタル族 / なめネコ / ベンチがアホやから野球がでけへん
<ヒット曲>
ルビーの指輪 / 白いパラソル / セーラー服と機関銃

「ベストヒットUSA」スタート

MTVを日本に定着させ、また洋楽を最新のトレンドを紹介した番組。小林克也の軽快なトークで、ラジオっぽい作りで音楽ファンから人気を得ていた。この番組をチェックしてると、カッコいいみたいな妙な優越感を覚えていた学生は多し。

横浜銀蝿が大ヒット

ラフィンノーズ結成

名実共に日本を代表するパンクバンド、ラフィンノーズがこの年結成。THE WILLARD、有頂天と並び、「インディーズ御三家」といわれるほど彼らの人気は世間に浸透し、インディーズブームの火付け役に。1stアルバム「PUSSY FOR SALE」は80年代邦楽ロックの名盤として評価されている。多くのミュージシャン他からもリスペクトを受けている。

MTV開局

バグルス「ラジオスターの悲劇」で幕を開け、MTVが開局。24時間ビデオクリップを放送し続けるスタイルは一気に浸透し、音楽が商業化されるスピードを速めた。

イモ欽トリオがブレイク

薬師丸ひろ子がブレイク

「北の国から」スタート

国民的ドラマとなった「北の国から」がこの年からスタート。

なめ猫が大ブームに

正式名称は「全日本暴猫連合 なめんなよ」。そのキャッチフレーズが「なめんなよ」だったことから略され「なめ猫」となった。「死ぬまで有効」、「なめられたら無効」等の表記でも有名なこの免許証風ブロマイドは一大ブームとなり、なめ猫以外にも、芸能人・アニメ・映画のキャラクターやエリマキトカゲなどを使った派生商品が多数販売された。

「ビートたけしのオールナイトニッポン」がスタート

「オレたちひょうきん族」スタート

80年代フジテレビを代表する国民的バラエティ番組。吉本興業など関西系事務所と渡辺プロ・太田プロなど関東系事務所のタレントがレギュラー番組で共演するということは当時としては非常に画期的であり、その後の吉本興業の東京進出成功へと繋がるきっかけを作った。この番組で明石家さんま、島田紳助、片岡鶴太郎、山田邦子などが全国区の人気タレントに。

バラエティにとってのターニングポイント

「オレたちひょうきん族」のタケちゃんマンの敵キャラ、ブラックデビル。高田純次が演じていたが、おたふく風邪のため降板。代役に明石家さんまが抜擢される。これをきっかけに全国区へと人気が急上昇し、現在のお笑い怪獣へとなっていった。もし高田純次が降板していなければどうなっていたのだろう?神のみぞ知るところ。。。

タイガーマスクデビュー

「Drスランプ アラレちゃん」スタート

鳥山明の漫画『Dr.スランプ』を原作とするテレビアニメ作品で子供のみならず、女子中高生にも人気を博し、アラレの文房具関連の商品も絶好調で、ブームのピーク時の文具店では売上の50%以上を占めることも珍しくなかった。最高視聴率36.9%を記録し、TVアニメとしては「ちびまる子ちゃん」「サザエさん」に次ぐ歴代高視聴率第3位となる数値。

「うる星やつら」スタート

「ザ・ベストテン」連続1位を更新

「ザ・ベストテン」で世良公則&ツイスト「銃爪」が記録していた10週連続第1位を破り、12週連続第1位を達成

伊藤つかさアイドル歌手でデビュー

アイドル歌手としてデビューしたが歌があまり好きではなかったため歌番組に出たくなかったらしく、出演を断る言い訳として児童福祉法を理由にし、それが現在のアイドルなど未成年の夜の活動が規制されているきっかけに。またタモリがファンで伊藤つかさに会いたいため、いいともで”友達の輪”を作ったとも言われる。意外かもしれないが芸能史において重要な人物でもある。

ラジオ「坂本龍一のサウンドストリート」 放送開始

佐野元春、坂本龍一、甲斐よしひろ、山下達郎、渋谷陽一といった当時の日本のポップス、ロックを代表するミュージシャンや評論家がDJをつとめ当時まだメディアで放送される機会が少なかった国内外のポップス、ロックを紹介して日本の音楽シーンに大きな影響を与えた。坂本の担当日の目玉企画のひとつであった「デモテープ特集」ではリスナーからデモテープを募集し、アマチュア作品を中心として流した。これには若き日のテイ・トウワや槇原敬之が投稿

アニメ新世紀宣言

「窓際のトットちゃん」が大ヒット

黒柳徹子著「窓ぎわのトットちゃん 」が732万部を売り上げ、史上最高のベストセラーに。

1982年

<重大事件>
日航機墜落 / ホテルニュージャパン火災
<流行語>
逆噴射 / ほとんどビョーキ / ネクラ / 芸術は爆発だ! / ルンルン
<ヒット曲>
赤いスイートピー / ハイティーンブギ / 待つわ / 少女A / めだかの兄妹

「笑っていいとも」スタート

人気のあった『笑ってる場合ですよ!』の後継番組として、スタート。当時「イグアナのモノマネ」などアングラで深夜色の強いお笑いタレントであった森田一義(タモリ)を総合司会に起用。視聴率的に苦戦するかと思われたが好調をキープし長寿番組に。

80年代を象徴する名キャッチコピー「おいしい生活」が誕生

西武百貨店のCM「おいしい生活」がウッディアレンが出演し話題に。キャッチコピーの「おいしい生活」はコピーライター糸井重里が作成。

「宇宙刑事ギャバン」スタート

バード星人・ボイサーと地球人・一条寺民子(いちじょうじ たみこ)の間に生まれたギャバンは、地球では母方の姓をとり・一条寺 烈(いちじょうじ れつ)を名乗る。普段はアバロン乗馬クラブで働き、マクーによる犯罪が起きたら出動する、メタルヒーローシリーズ「宇宙刑事ギャバン」がスタート

斉藤ゆう子「セブンイレブン」CMで人気に

80年代を代表する女性タレントと言えば、斉藤ゆう子は外せない。笑っていいとものレギュラーやセブンイレブンCMも長年務め、歌手デビューまで果たした元祖バラドルともいえる存在。

君に胸キュンが大ヒット

映画「E.T.」が世界的な大ヒット

アメリカ映画「E.T.」が日本でも公開され、国内・世界で興行収入新記録の大ヒット作に。

世界で一番売れたアルバム「スリラー」でMJブーム到来

世界で一番売れたアルバムであるマイケルジャクソンのスリラーが、ひょうきん族などのバラエティ番組でパロディ化され、世の中に一気に浸透していく。

映画「蒲田行進曲」大ヒット

あみん「待つわ」でデビュー

花の82年組デビュー

中森明菜、松本伊代、早見優、石川秀美、小泉今日子ら「花の82年組」がデビュー

「い・け・な・い ルージュマジック」リリース

RCサクセションの忌野とYMOの坂本が異色のコラボレーションすること自体が注目されたが、それ以上にプロモーションビデオで本物の一万円札の札束をばらまいたり、男同士のキスシーンが話題になった。

物議を醸し続けた伝説のパンクバンド、ザ・スターリン

生きる伝説”遠藤ミチロウ”が結成したバンド、ザ・スターリン。多くの週刊誌を賑わせた過激なパフォーマンスに目がいきがちだったが、デビュー曲「ロマンチスト」や翌83年に発売されたアルバム「虫」は80年代日本パンクの大名盤として評価されている。

BOØWYデビュー

オリコン初のミリオンセールス作品

1982年のCD発売後、オリコン初のミリオンセールス作品でもある。1970年代までは一部のマニア受けしかしておらず、ほぼ無名に近かった大滝詠一の名が世の中の人々の間にも広まった。またこのヒットで、薄く切ったオレンジをアイスティーに浮かべたメニューが流行する。

「AKIRA」連載開始

東京を爆破するほどのパワーを持った一人の少年にまつわる物語、大友克洋「AKIRA」が連載開始

「オリーブ」創刊

女子大生向けの情報誌として、実用的なファッション雑誌というより、のちに「ガーリー(>girlish)」と呼ばれる、新しいタイプの都会的少女文化を提示するサブカルチャー雑誌というべき存在であった。主要読者層の想定としてミッション系、一貫教育校などの中高生や帰国子女を含み、音楽、映画、インテリア、絵本など文化記事に力を入れ、当時『オリーブ』の愛読者でリセエンヌ的なファッションやライフスタイルにこだわる若い女性はオリーブ少女といわれた。

「東京おとなクラブ」創刊

ミニコミ誌ブームの中で、サブカルチャー総合ミニコミ誌『東京おとなクラブ』を創刊。この雑誌の発行人の中森明夫は野々村文宏、田口賢司と共に新しい世代のサブカルチャーの担い手として注目を浴び”新人類3人組”と呼ばれた。

「タモリ倶楽部」スタート

笑っていいともが始まったこの年、タモリ倶楽部もスタート。第1回の内容は、「オールナイトニッポンを終えたタモリを追跡しろ」。毎回どーでもいいネタを掘り下げる番組のマニアックな視点で何とも言えない快感を味う視聴者は多い。全回DVD化してほしい!

1983年

<重大事件>
日本海中部地震 / 三宅島大噴火 / 蔵王観光ホテル火災
<流行語>
頭がウニになる / ジャパゆきさん / 不沈空母
<ヒット曲>
さざんかの宿 / め組のひと / ギザギザハートの子守唄 / ワインレッドの心 / もしも明日が

東京ディズニーランドが開園

千葉県幕張に東京ディズニーランドがオープン。後のレジャーランド施設に影響を与えただけでなく、日本の建築技術向上にも寄与。

「キャプテン翼」スタート

「キン肉マン」スタート

仲間の正義超人と共に、次々に立ちはだかる強敵とリング上で戦っていく、プロレス系格闘漫画「キン肉マン」がスタート。ゆでたまごのデビュー作であり、代表作でもある。

アントニオ猪木失神舌出し事件

映画「家族ゲーム」各賞を総ナメ

高校受験を控えた家庭に、暴力的な家庭教師が訪れ、多くの問題を抱えた家族が受験に振り回される様子をシュール・コミカルに描いている。松田優作が主演、森田芳光が監督した作品はキネマ旬報ベスト・テン第57回日本映画ベストワンなどを受賞した。

映画「時をかける少女」公開

原田知世主演による大ヒット映画。大林監督の代表作。同映画の主題歌「時をかける少女」は、シングル売上50万枚を超え、自身最大のヒット曲となった。

映画「戦場のメリークリスマス」公開

大島渚が監督、デヴィッド・ボウイ、坂本龍一、ビートたけし、トム・コンティなどが出演し話題に。カンヌ国際映画祭に出品され、グランプリ最有力と言われたが受賞はできなかった。

「積木くずし」スタート

シンナーに溺れる中学1年の娘と両親の壮絶な葛藤の日々を描いた実話を基にしたドラマ。最高視聴率45.3%はTBSドラマ歴代最高視聴率として未だに破られていない。

関西ヘヴィメタルブーム

1983年から翌1984年にかけて、関西ではEARTHSHAKER、44MAGNUM、MARINO、X-RAY、MAKE-UP、東京からもBLIZARD、AROUGEなどのヘヴィメタルバンドが次々とデビューを果たす。

尾崎豊デビュー

体当たりなパフォーマンスや自己の内面から抉り出すような歌詞で、愛や夢、生きることの意味を追い求め、学校や社会の不条理に立ち向かう心の叫びのようなその音楽の世界が多くの若者の共感を呼び、カリスマ的存在となる。

チェッカーズデビュー

Y.M.O散開

テクノ、ニュー・ウェイヴのムーブメントの中心にいたグループの一つで日本のみならず、海外にも影響を与えており、英語圏で著名な日本人ミュージシャンでもあるY.M.Oがこの年、散開。1993年に一度再生し、2007年から再活動を始めた。

”おたく”という言葉が誕生

中森昭夫が『漫画ブリッコ』誌上で1983年6月号から9月にかけて『東京おとなクラブ』出張版として「『おたく』の研究』を連載。この中で、ガンダムファンやカリオストロファンなどの「異様さ」をあげつらい、「この頃やたら目につく世紀末的ウジャウジャネクラマニア少年達」を「おたく」と命名。この記事が読者からの反発を受け、1983年12月号を最後に連載中止になった

六本木WAVE開店

ビル1棟が丸ごと様々な文化を発信する拠点となり、文化人や音楽家などから高い支持を得た六本木WAVEがこの年、開店。1999年に六本木再開発のため惜しまれながら閉店。

「ルンルンを買っておうちに帰ろう」がヒット

当時として画期的な赤裸々に自分のことを語ったエッセイ「ルンルンを買っておうちに帰ろう」がベストセラー

ニューアカ・ブーム始まる

「現代思想」など雑誌を中心に人文・社会科学の学問が注目を浴び「ニューアカデミズム」の名称とともにブームに。そのニューアカブームのきっかけは中沢新一「チベットのモーツァルト」や浅田彰「構造と力」の大ヒットが起源と言われている。

1984年

<重大事件>
グリコ森永事件 / 長野県西部地震 / 有明鉱坑内火災
<流行語>
1分間だけ時間を下さい / くれない族 / ピータパン症候群 / まる金まるビ
<ヒット曲>
涙のリクエスト / 浪花節だよ人生は / 飾りじゃないのよ涙は

初代Macintosh発売

アップルコンピュータから最初に発売されたパーソナルコンピュータMacintosh。リドリー・スコット監督のテレビコマーシャルが同年の1月22日のスーパーボウルXVIIIで放映された。

オールナイトフジが一大ムーブメントに

吉川晃司デビュー

「北斗の拳」スタート

暴力が支配する弱肉強食の世界に現れた、伝説の暗殺拳”北斗神拳”の伝承者・ケンシロウの生き様を描くハードボイルドアクション「北斗の拳」がスタート

エリマキトカゲがブームに

三菱自動車ミラージュのCMがきっかけで”エリマキトカゲ”が大ブームに

「私はこれでやめました」流行語大賞受賞

一見まじめそうなサラリーマン風のおじさんが小指をたてて「私はこれで会社を辞めました」で有名なマルマンの「禁煙パイポ」のCMは流行語大賞に選出されるなど一大ブームを巻き起こした

「スクールウォーズ」がヒット

京都市立伏見工業高校ラグビー部と監督で元日本代表フランカーの山口良治をモデルとして実話を基に制作されたドラマは老若男女から大人気を博すドラマとなった。

クラッシュギャルズが一大ブームに

日本語ラップを開拓した革命的作品

当時ドラマ主題歌を歌うなど人気・地位を確立していた佐野元春が単身渡米し、ニューヨークで流行していたヒップホップやディスコを自身の音楽に取り入れた作品「コンプリケイション・シェイクダウン」は日本語ラップの創始とも言われる金字塔的な作品。なおPVは前衛の映像作家ジョン・サンボーンが担当するものの、ラディカルすぎるという判断で20年近くお蔵入りされていた。
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