カルチャー偏愛記

アイドル写真集とのOMOIDE IN MY HEAD

ある人の調査によると、朝起きたところから、目に映ったモノを文章化すると、1日で文庫本24冊分にもなるらしい。

私達は日々ベルトコンベアに載せられ流れてきた膨大な情報を仕入れては脳内の記憶フォルダに入れている。

しかし容量に限りがある為、ほとんどの記憶は検品ではじかれ捨てられる。

今回のお話は、なぜか厳しいチェックの網を潜り抜け、記憶のフォルダに残されていたタレント写真集にまつわるOMOIDE IN MY HEAD(©️NUMBER GIRL)

井上陽水が車の窓越しから笑顔で挨拶していた1988年

<重大事件>
リクルート疑惑 / 青函トンネル開業 / 三億円事件時効
<流行語>
オバタリアン / しょうゆ顔 / チンする / ママドル / くうねるあそぶ
<ヒット曲>
パラダイス銀河 / 乾杯 / ガラスの十代 / MUGO・ん…色っぽい

つくしの子が恥かしげに顔を出しそうな1988年3月

母が夕食の買い物をしている間、エアチェックしたチェッカーズ(後期はグルーヴィーな曲が多く特に「Sea of Love」はオススメ)をウォークマンで聴きながらスーパーの本屋で時間をつぶす。

サッカーイレブン、週刊ベースボール、週プロ・ゴングを立ち読みした後、何気なく手に取った南野陽子の写真集。

DELUXEマガジンORE 陽子をひとりじめ・・・・・・ 南野陽子

お、麻宮サキだ(三人組の中ではビー玉のお京が好きだったなぁ。蟹江敬三もカッコよかったなぁ。スタンハンセンのテーマ曲でおなじみスペクトラム新田一郎の音楽も最高だった!)

パラパラページを進めたら、
11歳の人生経験では言葉にできない初見の感情が湧き上がった。

普段接している女子はクラスメイトと、

「よく言えばのりピー、悪く言えば山瀬まみに似ている」を自己紹介の鉄板ネタにしていた(後の顛末を考えるとちょっと例え方に問題ありですが…)2歳年上の従姉妹だけという

「TOO SHY SHY BOY!」な11歳♂には理解不能だった。

しかしこれは何かイケナイことではないかという罪悪感も同時に湧き上がる。

その2つの感情が心の耳元で騒ぎだす。

選ばれし者の恍惚と不安、二つ我にあり

哲学するサルの如くウットリした表情で両者の言い分を聞くのに忙しく、

後ろから迫りつつある危険に気付かない

志村後ろ!

肩をポンポンと叩かれ後ろを振り返る。

母だ…

呼吸を止めて1秒、真剣な目をしてたら
そこから何も聞いてこないと思ったが、

「なにやっての!あんた!」

「いやたまたま、面白かどうか見てみようとしたところで…」

国語便覧にも載ってない支離滅裂な文法は焼け石に水だった。

タッチ作戦は失敗に終わった…

ナンノこれしきっ(涙)

帰宅後、普段は寡黙でならしている巨人の槙原似の父から薄笑いでコミュニケーションを取ってくる謎の攻撃をヤングライオンのスパーリングのようにバンプをとり続ける。

やっぱり見てはいけないモノを読んでいたんだと理解はしたが、あの得体の知れないドキドキする感情を味わいたい。

ミエナイチカラに突き動かされ
ここからタレント写真集とのフシギな関係が始まった。

息を止めて信号を渡るのがマイブームだったWinkがレコ大を受賞した1989年。

<重大事件>
消費税実施 / 手塚治虫死去 / 昭和から平成に / ベルリンの壁崩壊
<流行語>
ツーショット / ほたる族 / 24時間戦えますか
<ヒット曲>
Diamonds / 川の流れのように / 世界でいちばん熱い夏 / とんぼ

雨は夜更け過ぎに雪へと変わりそうな1989年12月

ミニ四駆ジャパンカップ1989北海道大会決勝でのコースアウト失格(半年以上もかけて準備したのに…)のショックが少し消えつつあった期末テスト前

クラスに一人はいるクローズの佐川ばりの情報感度が異常に高いクラスメイトから宮沢りえがクリスマスに写真集を出すらしいという極秘情報をキャッチした。

「あ、そうなんだ」と素っ気なく返したが

ココロのなかでは花道ばりに
これは買わねばとダンコたる決意を固める。

みなさんのおかげの学園ドラマで遭遇して以来、ブラウン管越しに観ていた日本全国の健康優良男子をクギズケにした美少女、宮沢りえ。

ざけんなよ!
というパワーワードを聞いたことがない男子はほぼ皆無だった。

アントキの男子は皆、彼女に夢中だった。

宮沢りえ ビデオ付き写真集 Quelle Surprise ケルシュープリーズ 撮影野村誠一

当日、片道200円以上するのがモッタイナイと地下鉄代をケチり雪の中、
自転車で30分以上かけて紀伊国屋書店へ。

大きな書店に行けば間違いないだろう。
なければ市内の書店を周りまくる覚悟を持っていた。

幸いにして1軒目でゲット。
週刊プロレスと一緒に。
以降、写真集を買う際この”サンドイッチオーダー”を使い続ける。

早く中を見たい!
はぐれ国際軍団を止める山本小鉄ばりに、はやる気持ちを抑えつける。

まぁまぁ待て。

あの荒くれ者のロードウォリアーズだって、入場曲が鳴るまで律儀に待っていたではないか。

感情と格闘しながら足早に帰り
この年から与えられたひとり部屋(a.k.a 煩悩部屋)に篭る。

はやる気持ちを開放するようにページをめくる。

健康的な水着姿の宮沢りえ。
こちらに向かって笑顔を振りまくタンクトップ姿の宮沢りえ。

あれ?
おかしいなぁ…
観ていてもよくわからない…

2〜3周ページをめくったが印象は変わらなかった。

買う前のドキドキに比べ、心がアガることはなかった。

近所の古本屋に読んだその日にリリース。
店主のオヤジは薄笑いで買い取ってくれた。

鑑賞方法がわからず悶々とした日から2年後。

日本中を揺るがした1988.10.19(10回裏の近鉄の守備は今見ても泣ける。あれほど虚しいことはないんじゃないだろうか。)以上の伝説的な事件が起きた。

“This is 宮沢りえ”でございます。

小泉今日子が見逃してくれよ!と懇願していた1990年

<重大事件>
日本人初の宇宙飛行 / 大阪花博開催 / 大学入試センター試験導入
<流行語>
アッシーくん / おやじギャル / ファジー
<ヒット曲>
おどるポンポコリン / 浪漫飛行 / さよなら人類 / あいにきて I need you

冬の星座の瞬きが多くなってきた1990年12月

2学期最後の音楽の授業で好きな曲を披露するというクラスのど自慢大会の開催が発表された。

しかも成績に加味するという。
先生は生徒たちを楽しませようと考えてのことだったと思う。

しかし地獄の羞恥プレイでしかなかった…

壁の上で静かに並んでいた、バッハ、ベートーベン、モーツァルトなど巨匠達からの悲痛な叫びが聞こえていた。

そしてスクールカーストの頂点に君臨する軍団から選曲の裏ルールが出された。

BOØWY禁止令

当時、男子の中では第2次チルドレンとしてBOØWYが大流行していたが、

「俺たちレベルが歌ってはいけない」という謎の矜持が広まっていたので、そりゃそうだよなと妙に納得するクラスの面々。

それに従うかのように、女子はピンクサファイア「 P.S. I Love You」、プリプリ「ジュリアン」、リンドバーグ「今すぐKiss Me」、パーソンズ「 DEAR FRIENDS」、ジッタリン・ジン「にちようび」、浜田麻里「Return To Myself」

男子は爆風スランプ「月光」、米米CLUB「浪漫飛行」、たま「さよなら人類」、THE BLUE HEARTS「情熱の薔薇」、ZIGGY「GLORIA」、レピッシュ「パヤパヤ」などのヒット曲をクラスメイト達が恥ずかしい気持ちを封印しながら披露している中、

当時好きだったものまね四天王の「バカと呼ばれたい」を披露しクラスメイトをポカーンとさせる小さな事件を起こす。(所ジョージ作詞作曲の名曲なんですが…)

曲に罪なし!

無難に高野寛を選曲しておけばよかった…

強制参加のカラオケ大会でクラスメイトを戦慄させたこの年、

ブラジル戦でのマラドーナの股抜きスルーパス(当時マラドーナグッズを当てるためnovaよく飲んでいたなぁ。)と

トヨタカップでのファンバステンのエレガントなループシュートに驚愕し、

海外サッカーの情報が割と載っていたストライカーを読むことに熱中していた。

写真集との遭遇は西田ひかるの表紙を見たかな?というくらい印象が薄かった。

しかし書店に貼り出された1991年カレンダーの販促ポスターで、

後にタレントカレンダーと言えば真っ先に挙げられる伝説の田村英里子カレンダー(小倉優香1st写真集の表紙はこれをオマージュしたと思う)を観た時は衝撃を受けた。

レジーベネットがCMで胸を揺らしていた1991年

<重大事件>
湾岸戦争 / 千代の富士引退 / 宮沢りえ「Santa Fe」発売
<流行語>
バツイチ / ・・・じゃあ〜りませんか / ひとめぼれ
<ヒット曲>
SAY YES / 愛は勝つ / ラブ・ストーリーは突然に

時は1991年10月13日、曇り空の日曜の朝。

ネスカフェのロゴ入りグラスにたっぷり注いだアイスコーヒーを飲みながら、読売新聞をパラパラ読むという毎朝お決まりのムーヴをこなしていた。

すると一面広告でボヨヨンどころではない、しかしダダン!という効果音が大音量でなるくらいの衝撃が目に飛び込んできた。

宮沢りえ
篠山紀信
Santa Fe
の文字の下に物憂げな表情で立っている裸の宮沢りえ。

えっ!!!
カラダ中のあらゆる神経が叫びを上げている。

見てはいけないモノじゃないか?

と反射的に思って、秒で新聞をめくった。

カレンダーでふんどし姿を披露した時も心がザワついたが、それとは比べようがない程の驚き。

この衝撃は岩崎恭子のように“今まで生きてきた中で”という枕詞が必要とする大事件だった。

野生のオラウータンの寿命に手が届く年齢になった現在でも、あの瞬間を超える衝撃には出会えていない。

Santa Fe 宮沢りえ写真集 サンタフェ 宮沢りえ 篠山紀信 写真集 1991年 朝日出版社 昭和ロマン 昭和レトロ アンティーク 古書

歌手の小金沢くんがフィニッシュコーワを吹きまくっていた1992年

<重大事件>
尾崎豊死去 / PKO協力法案成立 / 学校週5日制
<流行語>
きんさん・ぎんさん / うれしいような・かなしいような / 歌手の小金沢くん
<ヒット曲>
君がいるだけで / 部屋とYシャツと私 / それが大事

肌に触れる夜風が、いつもより暖かった1992年8月

この頃には欲望の存在が何なのかさえ、わからずに震えることはなく、はっきりその正体を突き止め、そして連れ添う生活が始まっていた。

そんななか人生で2冊目のタレント写真集を購入する。
石田ゆり子の写真集。

Yuriko’s Notebook―石田ゆり子写真集

当時の印象としては妹の石田ひかりの影に隠れていた。
なのでリアルタイムではなく発売から1年以上経って購入したはず。

衣装は時代を感じさせるが、ちょっと年上の清楚で綺麗なお姉さんというイメージが凝縮された作品で タレント写真集としては歴代の中でも上位になるクオリティかと思います。

この年は、なんといっても三沢がハンセンを強烈なエルボーでノックアウトさせ三冠王者になったことが自分の中で大きなトピックだった。

居間にあった大きなテレビでVHSが擦り切れるくらい何度も観てたので父が呆れていたのを覚えている。

今思えば、そりゃそうだなと自分でも思う。

1991〜1992年は三沢光晴のことしか考えていなかったのではと思うくらい熱中していた。

愛していると久宝留理子が繰り返し言っていた1993年

<重大事件>
細川連立内閣発足 / Jリーグ開幕
<流行語>
聞いてないよぉ / コギャル / ナタデココ
<ヒット曲>
ロード / サボテンの花 / 島唄 / YAH YAH YAH / ぼくたちの失敗

夏の名残の蝉時雨が去り、秋風が立ち始めた1993年10月

この頃、オフトジャパンの試合(都並がケガしてなければなぁ…)、ダイナミックサッカーの視聴(ダイヤモンドサッカーの後継番組)と

ストレイ・キャッツ(ブライアンセッツァーのギタープレイをライブVHSで観た時、布袋並みにうまい!と唸った。後に2人が競演した時は感慨深いものがあったなぁ)の曲を

聴くことに忙しくしていたため、写真集のことをちょっと忘れかけていた。

そんななか思い出したように人生で3冊目のタレント写真集を購入する。
3Mの一角、牧瀬里穂の2nd写真集。

牧瀬里穂写真集 riho makise 撮影:渡辺達生

信頼・安心の紀伊国屋書店で購入。
週刊プロレスと。

この1冊と出会って、タレント写真集の鑑賞方法を掴む。

まず表紙の美しさに心を鷲掴みされた。 

何なんだろう?
この美しく整ったスッキリした写真は?

この疑問を自分の頭だけで解くのは、攻略本なしでたけしの挑戦状をクリアしようとしていることと一緒で、不可能に近いと思った。

でも絵画を観るようなアプローチでいけば答えが見つかるんじゃないかなという当たりは付いていた。

当時、美大進学コースがあった珍しい高校で美術の知識は多少身に付いていたので図書館で美術本を読んで、答えを探した。

どうやら惹きつけられた理由は構図と色彩が関係しているらしい。

考えてみると普通なら彼女のビジュアルをアピールするため、もっとアップで撮るはず。

でもあえて引きのショットで読者の視点を集中させるように被写体に向けさせる。

これはムンクの叫びに近い構図だなと思った。
画面に占める人物のサイズをわざと小さくし、見る人の目を引き込ませる。

ちなみにムンクは夕焼けの部分に小さい字で「こんな絵を描けるのは狂人だけ」と書いているんですが、何でわざわざそんなアピールしたんだろう?

そして人物が小さいと静かな印象を与えてしまうが、衣装を引き立てるような彩度が高い背景と彼女の笑顔で明るさのバランスを調節している。

この時掴んだ、1枚の写真を絵画鑑賞の視点で読む方法は、のちの仕事に大いに役に立った。

表紙の世界観に吸い込まれるようにページをめくる。

すると、ハツラツな笑顔と四季折々の表情で心の距離を詰めてくる。
まるで恋人のような親近感で。

ビーチではしゃいだ後に、部屋に戻りくつろぐ牧瀬里穂。

朝起きて歯磨きをして、マンハッタン街を散策した後、

バレエスタジオに連れていかれ、
レオタードに着替えた彼女の練習を見守る。

そして旅行最終日、思い出を色の情報に邪魔されたくないかのように
モノクロームの世界に切り替わる。

これは夢か、現なのかを考えるスキを与えないくらい

追いかける視線が彼女を離さない。

自発的なルドヴィコ療法を受けながら、篠塚の流し打ち(のちにイチローがアップデート。イチローのヒット集はMOMAが収蔵するべきと思う程アートに満ちている)に感じる美しさとは違うアートのような感覚に。

と同時に1点1点の写真を前後の写真と結びつけながら、旅の思い出に浸る感覚に陥る。

美術の勉強にもなり、
なおかつ理想の彼女との旅も楽しめるなんて。
しかも、たったの数千円で。

日本文化センターも驚くようなお得感。

タレント写真集の楽しみ方を教えてくれた
1冊となった。

田嶋陽子が見〜てるだけ!と店内で連呼していた1994年

<重大事件>
村山政権誕生 / 松本サリン事件 / 悪魔ちゃん命名問題 / 大江健三郎ノーベル文学賞
<流行語>
同情するならカネをくれ / すったもんだがありました / ヤンママ / イチロー効果
<ヒット曲>
innocent world / 恋しさとせつなさと心強さと/TRUE LOVE

さそり座の下で白銀が息を潜めていた1994年11月

夏にロベルトバッジョのPK失敗と(実況の山本浩アナと解説の加茂さんコンビはよかったなぁ。決勝の放送中に戦術の歴史を語り合う所はトリハダものだった。)

秋に国民的行事(槙原斎藤桑田の豪華なリレーを見れたのは贅沢な幸せだった。当時は試合はもちろん、1日の終わりにプロ野球ニュースを観るのが至福だった)という

世界と日本の2つの大イベントを見届けた後

人生で4冊目の写真集を購入。
週刊プロレスと。

和久井映見

月9「妹よ」に出演しているのを一目見てK.O.
安心・信頼の老舗、紀伊国屋書店で購入。

息を飲む程の美貌に視線と心をグッと引き寄せられ、タイトルのフォントも明朝系で彼女の雰囲気とマッチしている。

表紙の佇まいから名画の予感が。

エンドレス・マイ・イマジン―和久井映見写真集

エコール・ド・パリの画家の一人であるモディリアーニがよく使う手法のような顔と身体の向きをちょっと傾け、シンメトリーを崩すことで自然な優しさを表現。

そして”夜の画家”と呼ばれたジョルジュ・ド・ラ・トゥールのように、背景の黒と彼女に当てられた光の明暗の対比で神秘に包まれ閉ざされた私的な空間を演出。

表紙だけで満腹感を味わえるが
ページを開き、才色兼備のお嬢様とのお忍び旅行に出掛ける。

砂浜で待ちぼうけ
澄ました眼差しをこちらに向ける。

水着に着替えた彼女が魅せるはにかんだ笑顔
木漏れ日が揺れ紅葉が舞う森を歩きながら魅せる上品な笑顔

ページを開いたらもう最後。
ものの数秒でスパーク・ジョイ

どの瞬間も美しい。
恍惚の表情でページを閉じる。

シンギュラリティな年だった1995年

<重大事件>
阪神大震災 / 地下鉄サリン事件 / もんじゅ事故
<流行語>
がんばろうKOBE / DA・YO・NE / ああ言えば上祐
<ヒット曲>
ロビンソン / 碧いうさぎ / LOVE LOVE LOVE / ら・ら・ら

これから始まる長い冬の旋律が聞こえ始めてきた1995年10月

「私、脱いでもスゴいんです」が世間を席巻している中、ハタチ前の♂はTBCではなく、ひとりの女優に駆け込んだ。

大塚寧々

魔性の雰囲気をもつ
いわゆるオトナ感が漂うキレイなお姉さん。

相手を油断させて本質をズドンと突く

「私バカだからよくわからないけどさー、〜なんじゃないの!?」選手権(ちなみに小泉今日子・YOU・RIKACO、のちに鈴木砂羽もランクインし四天王として長年君臨していた(超主観的観測))で

初登場1位になれるくらいの素質を持った

”ナチュラル・ボーン・マスター”

大塚寧々を観るため毎週月9ドラマ「いつかまた逢える」に夢中になっていた1ヶ月後。

10.8原辰徳引退


10.9新日Uインター対抗戦

歴史的な東京ドーム2daysを見届け
人生で5冊目の写真集を購入。
週刊プロレスと。

月9出演の3年くらい前に出された写真集で、書店で写真集パトロールをした時に確保。

大塚寧々写真集―ルージュの戯れ

肖像画が得意なアルバートリンチが描く表情のような気取りのない微笑みと
”光と影の魔術師”レンブラントの表現のようなサイド光で当てられた姿は甘美にして妖艶。

顔と身体の向きもゆったりしたカーブを描いてシンメトリーを崩し、優しく穏やかな自然さを表現。

ページをめくり、魔性の美女とのデートに出掛ける。

南の島でリラックスした自然体の表情で「ほら、はやく行こうよ」と
グイグイこちらの手を引っ張るように様々な場所に連れて行かれる。

緩めの水着に胸騒ぎしているのを見透かしたような
悪戯っぽい微笑みに心臓の鼓動がアレグロに変わる。

ラストにかけてルージュ色の光に当てられた彼女の姿は
”聖なるもの”と”俗なるもの”が繋がりあったフシギな魅力があった。

一瞬を凍結した彼女の様々な表情を眼に灼きつける

未必な恋だとはわかっているが、独り占めしたい気持ちと、この美しさをみんなに知ってほしいという矛盾する感情が同居する。

やはり魔性の女性だ。

バカバカしい程真剣だった日々

アートという”いいわけ”を使いながら
ときに昂ぶり、ときに慈しむように、写真集を眺めていた追憶の日々。

写真集の魅力の解明に取り憑かれ、10代の貴重な時間を注ぎ込んで、ひたすら網膜に彼女たちとの夢物語を写していた。

そんな気色の悪い作業にバカバカしい程没頭していた。

誰しもが何かに導かれるように教会へ向かって、人生という起伏の激しい坂道を歩いているが、この道程は正しかったのかどうかはわからない。

しかし確実に青春時代の精神的飢餓状態を満たしてくれた。

そしてこれからも、まとわりついた過去を可及的徐ろに解きたい気がした今日のこの頃。

本上まなみ、一色紗英、優香、井川遥、乙葉、奥菜恵、吉岡美穂、小野真弓、大石恵、吹石一恵など、まだまだ紹介したい名作写真集は数多くありましたが、今回はこの辺で。

最後にここでは年代的に触れられなかった月刊シリーズ(名作DA・YO・NE!)ベスト3(個人的主観DEATH!)を紹介して閉じたいと思います。

月刊護あさな (SHINCHO MOOK 122)

月刊吹石一恵 (SHINCHO MOOK)

月刊小川範子 (SHINCHO MOOK)

以上、思春期に少年から大人に変われなかった”コドナ”のこじらせ物語でした。

無駄の中に宝がある(©️勝新太郎)